発売になったTRICERATOPSのアルバム
『SONGS FOR THE STARLIGHT』。

シアトリカルなアプローチさえ感じるアルバムの歌詞を読んでいくと、そこには

「現代を冷静に見る心象風景」と、
「男としてのモヤモヤ」と、
「人生の大いなる肯定」が
含まれていました。

そこで、全曲に対し、「ああ、そうですよねえ」という感嘆を簡単に示しつつ、いっしょに楽曲を聴きながら、より歌詞世界を堪能できる工夫として、勝手な解説を書いてみることにしました。

歌詞は、メロディに乗っているからこそ理解しやすく、心に届くことがあります。賛美歌しかり、般若心経しかり。

そして、メロディにしか乗せられないという制約は、それゆえに意味を倍増させることがあります。

つまりは、なにかの隠喩になっている。

たとえば「二人」という言葉が出てきたとしても、それは1対1の恋愛をはさんだ関係性だけでなく、対人関係すべてに呼応する比喩だったりするのです。

歌詞全文を掲載することは著作権上はばかられるところですので、ぜひ本作を購入していただき、歌詞カードを片手にしていただいているという前提のもと、抜粋引用しながら進めてまいりたいと思います。

「妙な解釈をするヤツもいるもんだ…」などと嘲笑しながら、軽い気持ちでごらんください。

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4、『ポスターフレーム

ポスターフレームというのは、フォトスタンドとは違いますから、わりと大きなものです。A2だと、594mm×420mm。もっと大きいものも当然、あります。

それが、こころの中にある、ということですね。

もしかすると、頭に浮かぶ記憶、映像、画像を、それくらいの大きさだととらえているという感じなんでしょうか。

たしかにA1(594mm × 841mm)くらいのポスターの前に立つと、視界はそのポスターだけになって、他のことは目に入らないですね。

それを、パタパタとめくる感じ?
よく、大判の映画ポスターを売っているお店なんかだと、そういう感じでパタパタ選びますね。

この曲は、どうも、恋愛をモチーフにしながら、「違うことを歌っている」ような気がしてなりません。

たとえ誰とであっても、性別は関係なく、同じ方向に進んで行く人との関係であれば、「たまにコメディー」「エグいドラマ」は、ぜんぜんあり得ますよね。

愛憎劇は、なにもどろどろした恋愛だけじゃない。
水面下で、または氷のような、無言の戦いもある。

嫉妬も憎悪も、あります。

「二人の関係性」」を歌っていますが、ここで、やや強引な提示をしておきます。

 

「全員で三人」の場合、互いに1:1で話すと、二人ずつ、ですよね…。

「二人」の関係性が3つあるのが、3人組である。

つまり3人組、ね。

それを、少し踏まえて聴くと、趣が変わりますねえ…。

 

なにかこう、言わなくてもいいことを歌詞にするっていう技術を感じて、嬉しくなりますね。

「別の人生ってやつ」という表現も、そのひとつです。

どうして「ってやつ」がついてるのかというと、別の人生なんて、あるかどうかもわからないし、確認のしようがないから、ですね。

「あの時ああしてたら自分はどうなってただろう、今頃」っていう想像って、ほとんど無意味だとおもいません?

なぜなら、「ああしてた自分」もまた、現在のこの自分に対して「あの時ああしてたら」って、思うんですから、パラレルワールド、という想像もしたりしますが、それを想像している今、は、こっちの人生なわけでね。

こっち視点が正しいかどうかなんか、わかりっこない。

常に自分の人生はオリジナルで、誰の真似でもない、っていう思いを、しっかりと持っていたいですね。

「HOLLYWOOD」で確認した、「ああなりたい」と憧れていた自分ではなくなった今の自分、まるで、誰かと同じになりたいと願っていながらも、それが叶わないからといって人生が、失敗なわけはない。

初めから、自分の人生は成功するようにできています。

自分が通った道は、自分しか通れなかった道。
あの人と同じ道を通りたいと思っても、それは違う道です。

第◯回のグランプリ優勝者が、同じ活躍を全員しているかどうかを思い起こせば、それが違うとわかりますよね。

そして、「物語にしよう」という提案。
そうなんです。われわれは、物語に生きているんです。

これは、登場人物であるとか主人公であるとかいうことも含めて、「物語だ」という認識を持つことが大切だということです。

いろんな悲喜こもごもを、乗り越えるストーリー。
とりあえず完結は見えないけれど、起承転結、ひょっとするとあれはこれの伏線で…など。

人間には、物語が要るんです。
ある種、フィクションの中を生きているという認識。

そしてこの歌が、さきほど提示した、「隠喩」を含んでいるという可能性。
そう、あのBSのドキュメンタリーにもあった、あの流れです。

あれは、ファンの方々に衝撃を与えたでしょうし、しかし人生として、個々人の選択として、やはり考えざるを得なかった。

「それは、寂しいよね」では片付けられない重さが、そこにはあった。

 

で、この曲の歌詞カードをはらりとめくると、そこには…っていう。

これは、偶然なのか…それとも…。