「清潔感」は、清潔だからといって出るもんじゃない。そして「清潔感」があるからといって誰でもを好きになるかというと、そんなことも限らない。
「はい、今お風呂入ってきたよ、はい、どう?あたし、好き?」って言われても、たぶん好きにならないと思う。
でも清潔にまずしておかないと、「清潔感」は発散できない気がする。
“清潔にしたからといって「清潔感」があるかどうかはわからない”
とはいえ、不潔な人から「清潔感」が出ることはまずゼッタイない。
白米を嫌いだからといってそのぶん赤飯が好きである、ということはないのと同じように(それは違うか)。だから「清潔感」の確率を上げるには、まず清潔にすること。
不潔な人から感じるのは「清潔感」ではなく「生活感」だ。
たとえば大好きになった人の、Tシャツの袖と襟元が汚れてたら「おい、汚れてるぞ!」とちゃんと言おう。その理由は「好きだから」だ。
たぶん清潔感があるから好きになってるんで、あとは本当に清潔な方がいいんだから。
そういう不潔は、洗えば落ちるからね。
汚れそのものはその人の品位には関係ないし、人間は、汚すものだし、どーでもいい人には顔にウンコ付いてても言わない。好きになったらまわりが見えなくなる、それでいいじゃないか。
変に計算があったり、「こことここは嫌いだから直して」とかいうのは歪んでると思う。
Tシャツの汚れ程度で嫌いになるんなら、もともとそんな程度だったんでしょう、と思わざるを得ない。一直線も折れ線グラフもない。極端に言えば、相手が自分を好きであるかどうかすら関係ない。こっちが、好きであることが一番重要。あとはオマケだ。
こんなことを書くと「なんて一途でまっすぐで、少し気持ち悪いひとなんだらう」という感想をもたれそうだがw、実際はもし相手に嫌われたら「嫌われたら嫌い返す」を完璧に実践すればいい。
「嫌い度で勝ってみせる圧倒的に」。
極めて余談だが今、ドラゴンボールを全巻読み直してる。順番に読んでいかないとこれ読む気なくす。セルの頃の「強ぇえ!」を観てから、さかのぼって「マジュニア」んトコ見てもまったくなにも感じない。
悟空が死んでも「これはぜんぜんだいじょうぶ」と声に出して言ってしまう自分。コマだけ取り出したらどのあたりかわからなくなるほど次から次へと…まったく…
しかし連載中から不思議に思ってることがあって。
ほら、天津飯とか悟空もそうだけど、基本的に「舞空術」で浮いてるよね。まぁ武闘家が空飛ぶのがそもそもおかしいんだけど、原則として「舞空術」という「術」で飛んでるはずだった。
ベジータとかって、最初から普通に飛んでるじゃないか。
そもそもあれはなに。