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「縦社会のきびしさ」の正体

投稿日:2016年3月1日 更新日:

yakuza

 

縦社会」と聞いて、みなさんはどんな世界を思い浮かべるだろうか。

「徒弟制度」というと、それはさまざまな伝統産業に組み込まれた制度として有名だ。
多くは家族同様に生活し、寝食を共にすることによって体当たりで伝承される、有形無形の技術継承システムと言ってもいいだろう。たいていは「年季明け」 が来て一本立ちということになる。

独り立ちしたからと言って師弟の関係がなくなるかというと絶対にそんなことはない、というのもみなさんご存知。

それを模した形で、まるで徒弟制度のような厳しさを見せるのが体育会系の「縦社会」ではないだろうか。多くは学生時代の部活動に端を発し、わりと長く年齢を重ねてもその先輩後輩関係が崩れる事なく維持される。

先輩は絶対で、後輩は言う事を聞かなければならない。
本物の「徒弟制度」と違うのは、一本立ちのタイミングがなかなかこないことと、師匠と呼べる存在がいないことだ。

芸の世界でも、「半日でも早く足を踏み入れたものが先輩」という不文律は健在である。
徒弟制度そのままの、師匠と弟子という間柄だけではなく、3日でも先なら年齢が10歳下でも「兄」であり、自分は「後輩」になる。

それは、個人的に「そこはもう、タメ(同輩関係)でいこう」と決めることはできても、表向きに覆すことは絶対に不可能な世界。

しかし不思議な事に、その制度が抜きがたく確立しているがゆえに、年下の人間に「お兄さん」と抵抗なく言えるというのも事実なのだ。

 

 厳しい上下関係には、どんな意味が?

これら、厳しい上下関係には、どんな意味があるのだろう。

厳しい上下関係の「厳しい」とは、その関係性が、グラついたりしない厳然としたものであることを指している。

重複するが、揺るがない制度であるからこそ安心して、一般常識とは違う振る舞い(年下を兄と呼ぶことなど)が可能になる。

それは、義理の関係(例えば姉 の夫が自分より年下だった場合など)に似ていると言えルカもしれない。
そんなにしてまで、一般的社会通念とはかけ離れたような制度を、どうして堅守してこなければならなかったのだろう。

制度がガッチリと固まっている理由は、とうぜん、「礼を失わないため」だ

それがその世界の常識だと決まっていれば、あとはそれに従っているだけで秩序が保たれる、と長い歴史の中で取捨選択されてきたシステムなのだから、それは技術や情報を守るというセキュリティ問題でもあり、後継者を長く困らない生活を送れる人間に育てるための教育問題でもあるわけだ。

 

さて、私が言いたかったのは、ここからだ。

この「厳しい縦社会」には、特徴がある。

それは、「実力社会である」ということ。中学校の野球部などの、「縦社会を模したコミュニティ」などを含めても、徒弟制度や縦社会を取り入れている世界は、実は厳然たる実力主義に貫かれている。先に言っておくと、「競争が厳しいから縦社会」なのだ。

 

かんたんに説明します。実力社会とは。

実力社会という事は、どんなにまじめに練習していても、どんなに誠実な生き方をしていても、たとえば野球の場合、活躍できなければ試合には出してもらえない
「勝つこと」を至上命題に据えている以上は、その原理に逆らえる者はないだろうし、本人も毅然と意義を申し立てる根拠を持てないだろう。

もちろん、 「がんばってるから」とチャンスが与えられることはじゅうぶんあり得る。

それは現場によって状況が異なるだろうが、そのように弱者をすくい上げることを含めたシステムの構築も、これからは考え出されないといけないのかもしれない。

野球がわかり易いので中学校の野球部を例にとりますが、抜群のセンスと体躯を持つ一年生ピッチャーが入学してきたら、今まで毎日人に倍して練習してきた生真面目な3年生ピッチャーは、リリーフに回らざるを得ないことになる。

廃部の危機を乗り越えたのも彼の功績だったし、荒れ果てたグラウンドをほとんど毎日一人で整備して、毎日放課後遅くまで土を均(なら)していた姿は、野球部顧問でなくとも一度ならず目の端に感じたことのある風景だった(急に回想風w)。

ところがこの新しい一年生のおかげで、地区大会・県大会はもちろん、弱小チームだった野球部が、みるみる決勝常連校にまで活躍することができるようになったではありませんか。
試合中のネット裏には、早くもスカウトらしき影がウロウロするようになってきました。

誰の目に見てもこの華々しい勝利の数々の原因は新しい一年生の左腕であり、あの苦労した3年生の右腕ではない…。

こうなった時、「おい、俺のおかげで勝てたんだ、3年、カバン持てよ」と一年生が言い出さないように作られたのが「厳しい縦社会」なのだ

お分かりになりますでしょうか。

実力だけを尺度にすると、常に入れ替わる成績によって、態度や振る舞いを変えてよいということになり、それでは秩序が保てない。

それは、文化そのものの崩壊を意味する。

「実力や才能が成績のすべてを左右するという環境」に実際はあるからこそ、それ以外の秩序を守るためには、絶対に揺るがない「年齢」や「入門日時」というような、変更不可能な基準が必要になるのだ。

それは、年齢の衰えとともに実力が降下するかもしれない、恩師や師匠に対する礼を確保する装置でもある。

「厳しいから、縦社会。」の意味がお分かりいただけただろうか。

本当に実力があるのに「生意気な口を聞くやつ」というのは、このシステムに気づいていないバカ、ということになる。

みんなで諭しましょうww
ほんとうに実力のある人は、その構造に気づき、自分のポジションはこの文化あってこそだ、ということに気づき、慇懃な姿勢をとるものなのです。

ああ、そういえば、あの人も。

 

※バカがコメントして来てますが、こういう「理解できない」バカが、ただただ権力を振り回す「先輩」になっていくんだろうなwww

 

 

 

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