妙に、開き直っている人っていますね。

男にも女にもいます。

女の中には、「私には女っぽさが足りない」と、自分を嘆いている人がいる。

それが不思議でしょうがない。

女は、女として生まれてくるのではない。
もちろん、男として生まれてきたという意味ではない。

女は、単なる「メス」として生まれて来て、それが、

「はい、女子はこっちー」とか、
「スカート履きましょー」とか
「髪の毛くくりましょー」とか
「木に登っちゃいけません」とか
「女子高って選択肢もあるよ」とか、

そういう経験を無数に経て、女になる。

物心つかない乳児の頃に、自分は女だ、なんてわかる子はいない。

その、無数の経験は、
大きくなるにつれ、自分でも積み上げていくことになる。

「わたしは女だからピンクを選ぶ」とか
「女子トイレがどうして3階にはないわけ?」とか
「生理用品を忘れたら地獄だわ」とか
「水曜はレディースデーだったな」とか、
「父親のパンツは別で選択してよね」とか、

そういう、いわば“武装”をしてゆく。

この時点では、
かわいいとかスタイルがいいとか
ブスとかデブとかはまったく関係ない。

なにが言いたいかというと、
その、「経験シャワー」を、自分で止めてしまっている女がいるということです。
それは、限りなく「メス」に戻っているということを意味します。

当然、男にも「オス」と「男」の関係が存在するのだが、「メス」は「男」より下である。
メスはオスとしか比べることができない。
「メス」と「男性」は比べられない。
地べたに座って、弁当食ってろとしか言いようがない。

女は、いつまでも、「経験シャワー」を選択し続け、「女性」になって行かなければならない。

それを捨て、男と同じ格好だけをして

「ラクだ」
「動きやすい」
「女だって」
「わたしはブスだから」

と開き直っていては、
もう、「メス」に近づいていくばかりです。

そんな、単に生物学的分類上で

「メス」なだけの人間が、
「モテないなぁ」などと漏らすのは、とてもあつかましい。

ちなみに、「メス」に寄って来るのは「オス」だけである。

開き直っては、いけないのです。

 

 

gatag-00000645

フリー素材の写真ですけどこの人、そうとうよく見ますねww

 

 

妙に、開き直っている人っていますね。 男にも女にもいます。 女の中には、「私には女っぽさが足りない」と、自分を嘆いている人がいる。 それが不思議でしょうがない。 女は、女として生まれてくるのではない。 もちろん、男として生まれてきたという意味ではない。 女は、単なる「メス」として生まれて来て、それが、 「はい、女子はこっちー」とか、 「スカート履きましょー」とか 「髪の毛くくりましょー」とか 「木に登っちゃいけません」とか 「女子高って選択肢もあるよ」とか、 そういう経験を無数に経て、女になる。 物心つかない乳児の頃に、自分は女だ、なんてわかる子はいない。 その、無数の経験は、 大きくなるにつれ、自分でも積み上げていくことになる。 「わたしは女だからピンクを選ぶ」とか 「女子トイレがどうして3階にはないわけ?」とか 「生理用品を忘れたら地獄だわ」とか 「水曜はレディースデーだったな」とか、 「父親のパンツは別で選択してよね」とか、 そういう、いわば“武装”をしてゆく。 この時点では、 かわいいとかスタイルがいいとか ブスとかデブとかはまったく関係ない。 なにが言いたいかというと、 その、「経験シャワー」を、自分で止めてしまっている女がいるということです。 それは、限りなく「メス」に戻っているということを意味します。 当然、男にも「オス」と「男」の関係が存在するのだが、「メス」は「男」より下である。 メスはオスとしか比べることができない。 「メス」と「男性」は比べられない。 地べたに座って、弁当食ってろとしか言いようがない。 女は、いつまでも、「経験シャワー」を選択し続け、「女性」になって行かなければならない。 それを捨て、男と同じ格好だけをして 「ラクだ」 「動きやすい」 「女だって」 「わたしはブスだから」 と開き直っていては、 もう、「メス」に近づいていくばかりです。 そんな、単に生物学的分類上で 「メス」なだけの人間が、 「モテないなぁ」などと漏らすのは、とてもあつかましい。 ちなみに、「メス」に寄って来るのは「オス」だけである。 開き直っては、いけないのです。     gatag-00000645 フリー素材の写真ですけどこの人、そうとうよく見ますねww    

あなたの評価を投票してください!

評価: nan/5 (0名 評価済み)