妹と両親が心中を図り、家族全員を一度に失ったアメリカの女子学生ダニー。悲しみに沈む彼女は、恋人のクリスチャンが男友達とスウェーデンの田舎で行われる夏至の祭りに行くと聞き、その旅に同行する。美しい花が咲くのどかな村で住人たちの歓迎を受ける一行。やがて、一日中太陽が沈まない白夜の最中、90年に一度の祭りが幕を開ける。だがそれは、次第に不穏な空気に包まれ、徐々に想像を超える悪夢へと変わってゆく…。
極めて特異な映画体験をもたらす作品だと言えると思う。
監督のアリ・アスターは、前作『ヘレディタリー/継承』でも一歩も引かない、徹底的な狂気と絶望を描き出していた。
だが、その作品があまりにも凄惨すぎて、観客はある意味で無感動になることがあった。
『ミッドサマー』はその点を逆手に取り、全編を極めて明るい色調で綴ることで、奇妙かつ不穏な世界観を構築している。だから怖い。
次第に変異していく環境と謎の儀式の恐怖に、彼らは取り込まれていく。
アスター監督は、これまでの作品同様、演出面に非常に凝った手法を取っている。特に目を引くのが、フレーム構成だ。背景に大きな山や木々を配し、人物たちが小さな存在として描かれる。これは、人間の微小ささと、神秘的な自然の偉大さを同時に表現している。また、カメラワークも巧妙で、恐怖心を煽る演出が多く見られる。
キャスト陣も素晴らしい演技を見せている。
特に主演のフローレンス・ピューが、ダニーの複雑な心情を見事に演じきっている。また、ジャック・レイナーの演じるクリスチャンの嫉妬や葛藤が、物語の鍵となる。
『ミッドサマー』は、単なるスリラーではない。アスター監督は、人間の闇や、信仰というテーマにも深く踏み込んでいる。物語の核心にあるのは、ダニーが抱える家族や精神的な問題だ。そして、そこに加わるクリスチャンの不満足感、グループの慣習や信仰、そして個人と集団の間の葛藤など、多岐にわたるテーマが描かれている。また、スウェーデンの文化や風習を背景に、人間の根源的な恐怖や希望、そして自然への畏敬の念を表現している点も興味深い。
ただ、この作品には、明確な答えが存在しない。
物語は、あくまでも観客に解釈を委ねられたものであり、何が真実であるかは決して明確にはならない。そのため、観終わった後も心に残り、熟考を促す作品と言える。
総合的に見ると、『ミッドサマー』は、現代のスリラー映画に新たな風を吹き込んだ作品である。その明るい色調や美しい映像美は、奇妙な世界観を一層際立たせている。アスター監督の独特な演出と、キャスト陣の素晴らしい演技、多様なテーマやスウェーデン文化の描写によって、深い印象を与える作品に仕上がっている。
しかし、この作品は、あくまでも強い表現やグロテスクな描写、不穏な空気感が多いため、観るには精神的な準備が必要である。そして、観終わった後は、深く心に刻まれる作品であることは間違いないだろう。