おくればせながら謹賀新年です。

お正月、ちょっと田舎へ帰っておりました。
東名高速道路を走ること7時間、ふだん9時間も10時間もパソコンの前に座っていることもあるし、つじつまの合わない脚本に自己満足している小劇団の芝居を2時間半もかけて4000円くらい出して観ることを思えば、安い&ラクなものです。

新東名、という少しだけ遠回りな感のある路線へ入る醍醐味は、完璧に新しいサービスエリア、でしょうね。
特に大型のSAになると、もはやそれだけでレジャー目的で訪れられる。
その証拠に、SAに高速の降り口もある。

しかしそれらは、やはり「日中」の話です。
夜間は、それなりに寂しい。
お土産屋さんやコンビニは開いてますよ。

もちろん、民営化以前にはクラブべくもありません。
特にPAともなると、昔はトイレに行くのも女性なら「身の危険」すら感じなければならない怖さでした。

最近ちょっと、聞きかじりの食習慣を実践(軽く)し始めていて、書籍を読んだり、その論理と科学的根拠に感心しているので、田舎の友人たちに、食事の席でちょろっと話してみたりしました。

話してみたところ、面白い実験となったのでした。

それは、世間で言われている/今までそうだと信じていた常識に、わりと反する方法だったりするんです。

最近私も人から教えてもらい、少しだけ、緩やかに実践している食習慣。
正しいがゆえに、大きく広がることのない習慣。

なので、反発があるのは当然です。
なので、急進的に人にオススメはするべきではない。

前述したように、これは理にかなっているし、科学的にも説明がつく。

マクロビ、じゃないですよ。
あんなものに、健康になるための科学的な根拠はありません。

田舎の拒絶反応ってすごい。
まさに「一蹴」でしたwww
「なんじゃそれ、おかしい」というにべもない即答ww

その反応に、ドキッとしてしまって、逆にわくわく、嬉しくなってしまったのでした。

というのは、普段からの「なにか新しいものはないか」という自分の、アンテナが増えたらいいなという指針が、少数派であることを確認できた、という意味で、です。

良いものなら新しくて聞いたことなくても試してみようとか、リスクをとるのはベネフィットのために当然であるとか、そういう、当たり前だと思っている「挑戦とも言わないレベルの挑戦」が、そんなに当たり前ではないのだ、ということを目の当たりにできたから、です。

因習に、眉毛あたりまでどっぷり使って、もう、習慣も考え方も行動も、なにひとつ変える予定のない人たち。

もちろん、責めてるわけではありません。

まったく、それを非難する気もありません。
悪い、とも思ってません。
年齢もあるし、環境もあります。

それでいい、といえば、それで良いのです。

しかし因習は、「自分は今のままでよい」という主観を、「これが絶対に正しいのだ」という「普遍」と勘違いさせてしまうんですね。

友人に「おまえ、それは、新興宗教だよ」と言われてしまいましたがw、「あなたは、新興宗教だよ、と他人に言っちゃう宗教に入っているんだよ!!」とは、ついに、言えませんでしたね…。

科学的なデータに基づいたものを「宗教だよ」と断じるその姿勢こそ、悪癖に取り憑かれた宗教患者と言えますからね。

その中でもとりわけ、男性の方が頑なだということもわかりました。
落語「どうらんの幸助」に、「旧弊なおやっさん」というフレーズが出てくるんですが、まさにそれだなぁ、と。

女性は、新しい世界があるのか!という興味を持つアンテナが鋭く、まだなにかを自分に取り入れることで、いくつになっても、齢を重ねても、変わっていく可能性を秘めています。

少なくとも、そういう人が多い。

変化を恐れないフレキシビリティがある。

男性は、そんな女性をバカにしつつ、自分の凝り固まった価値観と知識的優位性を壊されることを恐れて、新しいものを攻撃してきます。
今まで築いてきた(らしい)地位は、一生絶対安穏だと思いんでいます。
または、思い込みたいんですね。

そして、優位性を、言葉で確保するための環境を、必死で守ろうとしています。
女性に、口で勝つ、論理で勝つ、知識で勝つ、という立場を、絶対に守りたいんですね。

身近な女性(妻や妹やその他)が、自分より詳しく、自分より闊達で、柔軟で、素晴らしいという現実を、認めたくない。
そのためには、「否定するしかない」んですね。

ああ、悲しきおっさんども…。

そして男性たちは、「そんなの金がかかるよ!」と一蹴します。

自分がふだん、どれだけ無駄遣いしてるか、とか、計算したこと、一回もないくせに。

タバコ吸い放題、酒飲み放題、禁煙だのとニコレットを買い、肝臓が悪いとしじみ習慣を飲み、で、ちょっとした食習慣の変化については
「そんなの金がかかるよ!」とwwww

ダメですね、そういう人は。
一生「不定愁訴」にカッコつけて苦しんでればいいです。

そして「なんでも食べないといかん!」と頭ごなしに言ってくる人に、偏食のひどい人が多いこともわかりました。

おもしろいなぁ。
ほんと、おもしろい実験です。

自分が守れてもいないようなことすら、他人には強要する。
やはり自分の価値観が、客観的なデータで覆るのが怖くて仕方ないんですね。

そういう人は、自分の子供にも、平気でダブルスタンダードを使うようです。
上記のように、「なんでも食べないとダメ!」とこどもに強いるくせに、自分は偏食のオンパレード。
「大人はいいんだ」というよくわからない理由で、それを正当化しています。

男性のダメさ加減。
女性の柔軟さ。
この傾向は、年齢を問わないようです。
しかしこれには、功罪ありますね。

時にこの男性の意固地さは、「とりあえずなにもしない」ものですから、もし新しい試みが本当に悪いものだったりしたら、とりあえず被害はでない。

女性の柔軟さがゆえに、新しいものに飛びついて、意外な被害を出してしまうことがある。

このふたつ、男性の「意固地でなにも取り入れない」と女性の「飛びついて詐欺に遭う」を、いっぺんに解決する方法は、すでにあります。

いえ、珍しい方法でも、新しい方法でもありません。

「自分で調べる」っていうだけです。

それができるのは、ネット社会の最大のメリットと言ってもいいでしょう。
検索して、30個くらいはリンクを見ていく。
そうすると、だいたいのことはわかります。

自分の中で検索かけても、こういう場合はなにも出てきません。
出てこないどころか、男性の場合、「それはおかしい」という結論だけが決定して、そこへ辿り着くための経路を必死で構築する、という作業に脳を使ってしまいます。
無駄です。
無駄どころじゃない、害悪です。

そういう男性には、昔ながらの価値観をぶつけてみて、それが気に入ったらその路線で、また昔の価値観を否定するのが好きなら、(最新ではない)情報に同意を求めて、自尊心を満たしてあげるのが良いのだなぁ、と思いました。

この実験では(完全に実験扱いになってるw)、感じ、学ぶことができました。
「おっさんゴロシ」の技として、伝承していきたいと思いますし、男性である自分の、「踏んではいけない轍」として、しっかりと標識を立てていきたいと思います。